寂れた酒場、薄く濁った空気、申し訳程度に回る換気扇(ファン)。
酒気と埃で何もかもが燻った場末の吹き溜まりで、男は客に目を向けた。
「僕に回して寄越すとはね」
「我らの将のご意向なのさ。それに元をただせば君の弟子だろう天を動かしたのは」
「ふっ……それだけではあるまい?」
ピクリと動いた男の髭に、客の全方位から見ても前方が存在し得ぬ髪が震えた。
あたかもそれは、人類では他に類を見ないほどの鋭角で構成された客が笑みの中に隠した動揺を告げるようだった。
「アレの兄との浅からぬ因縁だろう、敢えて僕に依頼したのは」
「…………」
「拳法家には万が一にも同門対決は許されない」
「……そこまでご存知でしたか」
「依頼主をリサーチするのは、猫の基本的なルールだ」
どう見てもイヌ科の男に、先程よりも長い沈黙が降りた。
「ともかく、報酬は10万どら焼きを用立てます」
「うむ、未来デパートに納品を確認し次第取り掛かろう」
「ではママに手配しておきますのでよろしく」
言って男に手を差し出しかけたところで、客はふと気付いたかのようにその手を戻した。
「握手はされないのでしたね」
「利き手を外される危険を冒すほど、僕は自信家じゃない」
正中線を抑えるように片手は残したまま、男は今はそれだけではない―――と、もう一方の手で薄汚れたカーテンを軽く引く。
「それに、これから彼女の秒速340mのソロだろう」
隙間から覗いた僅かなネオンの飛沫。
そこへ別の店でヴァイオリンを騙った身の丈ほどの弦楽器を構えようとする客の将が微かに浮かぶ。
「依頼人のルールを忘れないことだ」
心中で舌打ちする客を置き去りにして、男は店を後にした。
固有振動と共鳴、脳髄をグズグズにされた断末魔とガラスが砕けるハーモニーを其処の区画にあった高級店が奏でたのは、男が消えて直ぐの事だった。
そして殆ど日を置かずして鼓動持ちが強制退場に遭った高級店自身もまた、物故へのチケットが出回ることになる。
「俯角良し……躯浬棲血威音(クリスチーネ)の担当者の予測行動との補正済み……骨格保持……弾丸はジャケッテッドホローポイント……」
廃墟の一角。風見の備え付けを視界の隅に置きながら、標的の出現予測地点にスコープを被せ続ける。
プローンスタイル(伏射の姿勢)で周囲と一体化し、完璧な無機物に――どら焼きを消化し終えたために――なって待ち続ける。
やがて編集者が作者急病との告知をするかの瀬戸際まで追い込まれた締切近くに、ドット絵の如き剛角体の有機物は顕現した。
それは何と例えるべきか。
国家が広いち域で指定した暴れる力ある団たいの者すら寄せ付けぬ眼の光。
一般的な婦女の胴回り程もある首。
ペンダコや拳ダコで手が猛禽類と化すに至った腕。
岩から削り取ったが如き腿を持つ足。
もはや人型と描写するよりも冷蔵庫とでも評した方が正確であろうシルエットを十字の狙いに捉え、引き金のみを動かす。
バンッ! バンッ! バンッ! ズガンッ゛!!!
回数も大きさも異なる二種の音が、余人の存在せぬ廃ビルに反響した。
小さな煙をくもらせる銃口があった先には、既にイキモノはない。
音が遅れる破壊の跡で、砕け散った瓦礫の中で腰をぬかしたマス-メディアに携わる社員がそっくりと残るのみ。
標的とした青銅の石像―――というには些か角ばっていた有機体の姿は、大型狙撃銃の三連射の後には既に無い。
どうなったかは言うまでもないだろう。
立ち上がった男の脇で、斜めになった床を銃が台座ごと滑り始めていた。
行き着く先は、引き金に指を当てるまでは存在していなかった床の大断面である。
この斬撃を行った刃はどれほど鋭利であったのか。
鏡面となっていた切断痕は、ビルを階下からまるごと真っ二つにしたらしく端から端まで続いている。
やがて、十数Kgはある銃器が一条であった其処に到達した時、ソレは二つになり、大きな煙が上がった階から上のビルは十文字に斬り開かれて倒壊した。
鉄筋の建造物が発泡スチロールのように裂かれて崩れ始める。
そしてその犯人は、狙撃を受けると同時このビルへと跳躍して一際大きな音と煙を作り出した岩巨人の係累は、残骸の中から未だ健在な下階へと身を躍らせた男の影を捉えると、盛大に笑みを溢れさせた。
「ふはははははははははッ、ペンは剣よりも強し! そして我が原稿は銃弾よりも尚強し!! 血肉の通わぬ臆病者の金属片なぞ物の数ではないわ!!」
既に原形を留めていないGペン(?)と、明らかにネームすらまだな大穴の穿たれた数枚の(元)原稿用紙を掲げて嗤う。
だが、ベレー帽を被った視覚兵器は気付いているであろうか。接近を許した筈のスナイパーもまた、己と同種の凄惨な嗤いを浮かべている事に。
「感情の昂ぶりは肉体を鋼の鎧と化す―――何者かは知らぬが、締め切り前の精神は絶えず常在戦場ッ!!」
「……基本とはいえ大した物だ」
どしん! どしん! とフォルテシモでにじり寄る足音を耳にしても、男は外へ転がり落ちていく銃器に手を伸ばすような真似はしない。
目の端に留めて置きながらも構わずに、代わりに呟いた。
「あれは、もう必要ない」
「なにぃ……?」
「招待にはかかってもらい、追申はない。蛇足を指で挟まれても面倒だ。しかし、まだ僕が誰かを分からないか。」
「ふん、貴様のような貧弱の筋肉のデッサンなぞ記憶にないわ。見苦しくも針金同然のその首、瞬きほどの間に圧し折ってくれよう」
告げるとジャイ子は肉食獣が飛び掛る寸前のように僅かに体勢を沈める。
次の攻撃は察するまでもない。出版社からの跳躍しがてらに行った肉弾であろう。
廃ビルに大穴を開けたことからも、その威力に疑問を挟む余地はない。
されど、男のやったことは新たな武器を手にすることでも背を向けることでもなかった。
「ならば思い出してもらおう」
「何ッ!?」
加速を始めた百Kg近い巨塊を前に、厳かとさえ感じさせる動作でポージングを取る。
正面から相対し、両の拳は丹田の側そばへと向かう。
ラットスプレットフロントが完成すると同時に男のオイルが本来の滾りを取り戻し、メタルな体が隆起した。
「ホ〜ーーーーーウ ホアチャっ!!」
鉄筋の膨張に伴って服が爆ぜ、男の肌が露になる。
締め付けから解放された男の両腕は包み込むような手の形を作りながら前方へ向かう。
超高速で跳び迫るジャイ子の姿を覆い隠すに至った時、男の両掌の速度は既に大気の移動速度を超えていた。
「―――ドカンっ!」
極めの言霊が紡がれる。
流れ損ねた空気が重ねられ、繰り出された掌の方向へ衝撃波が奔った。
これぞ青狸神拳が空気砲。
真正面から叩き付けられた気圧の絶壁に、最高速に達していたジャイ子の巨躯は正反対の方向に再加速されて吹っ飛んだ。
「ぐぉ゛っ……こ、この拳は……そしてその青と白のコントラストが映える見事な大胸筋のカッティングは―――まさか!?」
「ふっ……流石は巌の如き剛田の外装と拳法殺しの肉厚を備えた特異体質。単発の空気砲では傷一つ付かないか」
だが、そうでなくてはと男は頬に刻んだ嗤いを深めた。
「スマートに事を運ぶためとはいえ、ミイちゃんに気色悪いと言われたスマートじゃないこの姿を久しぶりに晒したんだ。相応の物は見せてよ。」
「き、貴様は――――――怒羅(ドラ)!?」
「ああ。僕の筋組織以外を忘却したのは、もう二度と会わ事は無いと思っていたからかい?」
既に男に先刻までの面影は無い。
反重力コーティングでテカテカが保たれる肉体にはち切れんばかりの筋組織を押し込めて、真の姿を顕した怒羅はジャイ子の前に仁王立ちした。
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